Shonan

White Stakes in the Sand (2004)

白杭の季節

1997年の夏、湘南に引っ越して来て初めてこの白い杭を見た。しかし、その時は西日に照らされたフォトジェニックな物、それだけの印象だった。

この白い杭は、夏の間だけ海水浴エリアと波乗りエリアを規制するために建てられる、いわば湘南の夏の風物詩。夏の記憶をじりじりと素肌に焼き込むたびに、この白い杭を中心とした海辺の物語が見えて来た。

秋には撤去され、また次の夏には新しい白い杭が建てられる。この繰り返しが大好きな夏をさらに儚いものにしてくれている。この白い杭は、僕にとって夏の主役そのものになっていった。


一瞬の夏

夏になると大切にしたい時間がある。

平日の朝、前夜の帰宅が何時でも少し早めに目覚しをかけて、青空だったらカメラを持って海に行き、夜の涼しさが残る波打ち際で撮影をする。そして、波のサイズがあってもなくてもサーフボードを取りに帰って、1時間ほど波乗りをしてから定刻の湘南ライナーに乗る。そうすると、夏の半日をこなしたような充実感。

こうして夏の朝を先取りしてから会社へ向かうと、たとえ、駅から海水浴に向かう人々とすれ違っても、オフィスの窓から最高の夏空が見えても、気持ち良く仕事に取り組む事が出来る。

週末の夕方、ライフセーバーが引き上げる5時を過ぎてからが長い。波乗りと写真、どちらで過ごすか悩ましいけれど、今日は絵になると思えれば写真。

履いて来た草履を堤防に置いて、砂浜の感触を確かめながら波打ち際まで歩く。昼間は熱くて裸足では歩けない砂浜も、包み込むかのように柔らかく、思わず足を砂に埋めてみる。そんな気分を撮影する。吹いている南風も優しく、波打ち際に集う人々も昼の密度に比べれば程よく減って、良い雰囲気になっている。そして真っ暗になるまでの贅沢なこの時間を、僕は満喫する。

待ち遠しい夏はすぐに通り過ぎてしまうから、こんな時間を確実に僕の中に染み込ませたいと思っている。


台風の夏

台風の日は海に行く。

台風が接近中の時、雨脚は不規則だがどんどん雲は重くなってくる。風はオフショアの場合が多く、クローズアウトしていなければ待ちに待った波に乗る。しかし通過後の海は、波打ち際が100m以上はあると思われるほど、一気に寄せては遥か彼方まで引いて行き、人を寄せつけない。白杭は、海からの強い吹き返しの風の中に佇んでいる。

ある台風一過の朝、海へ行くと白杭の見張り台の屋根が傾いていた。まだ波はクローズアウト、砂浜全てが波打ち際になっていて、堤防には多くの人が出て言葉少なく眺めていた。水平線から青空が広がりつつあり、噴煙を上げる大島が見えていた。

列島を縦断した台風の時、夕方の空が少し明るくなり、小雨になったので抜けたなと思って海に向かった。誰も居ない砂浜で、どれだけ叫んでも声にならない轟音の中、強烈な海風と潮の混じった雨にバタバタと叩かれフラつきながら、必死になってシャッターを切った。波打ち際は異常に広く、身体もカメラも雨と潮でずぶ濡れ、いくらレンズを拭いてもすぐにぼやけてしまう。その時だった。恐いような色でとても分厚かったはずの雲が切れて、一瞬、青空がのぞくドラマチックなシーンに遭遇したのだ。


充実の夏

とても長い夏があった。

梅雨も明けない大潮の日に白杭はこつ然と現れ、その頃から雨も少なく30℃を越える真夏日が記録的に続き、毎朝抜けるような青空が広がった。台風の接近が例年より多く、波打ち際がキレイに洗われ誰も居ない朝が何日も続いた。波乗りをする時は、トランクス一丁で海に入れる日が多く、大きなサイズの波に何度もトライ出来た。

観測史上最高気温を記録するほど日中は暑いのだが、朝夕は涼しくて過ごしやすく、様々な夏雲が浮かび入道雲も印象的だった。公園の夾竹桃がキレイに咲き揃い、海紅豆は何度かピークがあり、庭の浜木綿の花の数も多かった。周辺に自生する白い百合が広がって行ったのもこの夏からだった。そういえば、砂浜にはウミガメが打ち上げられていた。

そして、白杭の形もオーソドックスで様々なアングルを試す事ができ、8月に入る頃にはもう充分撮れたと思えるほどで、さらに夏の終わり、白杭が撤去されるタイミングでダメ押しに台風が訪れたため、数日に分けて白杭を抜かざるを得なかったようで、段階的に減って行く様子まで撮影出来たのだった。

あまりにも良い夏の日が続くので、“この瞬間、最善の過ごし方が出来ているか?”と自問自答しながら過ごしていた。


絵日記の夏

この「白杭の季節」を撮っていた10年の間に、夏は様々なメッセージを送り続けていた。僕が個人的に充実した夏だと思っていた2004年は、東京で観測史上最高気温39.5℃を記録し、台風の上陸数が過去最大の10を越え、各地に多くの被害をもたらしていた。ところが前年の2003年は、関東地区では長梅雨で青空の少ない冷夏だったが、地球規模で見ると、ヨーロッパでは熱波で何万もの人が亡くなっていた。

また、毎年のように観測史上最も暑い夏と言うコトバが飛び交い、実際は1998年が観測史上で最も暑い年で、過去最大級のエルニーニョ現象が発生、そして2005年がこれに続く暑い年で、アメリカ南部をカトリーナが襲った。すべてこの10年で起きた事である。

20世紀に入って、人間が排出する温室効果ガスの影響で地球の気温は0.7℃上昇し、温暖化が確実に進行していると言われているが、それを実感した10年でもあった。そして温暖化が更に進むと、日本の夏は平均気温が単純に高くなるだけではなく、2003年のように梅雨前線が長く停滞してしまうと言われている。

研究者たちは、この温度上昇を工業化前の「+2℃」に抑える事ができれば、最低限の被害に留める事ができ、経済的負担も大きくないと見ている。しかし、「+1℃」で珊瑚は白化し氷山は溶けるとも言われている。気候システムの熱的慣性が、ある時点を越えて大きく作用し始めると手遅れなのだが、今ならその前に食い止める事ができるらしい。まだ引き返す事ができるのだ。

そのために僕が出来る事は、「チーム・マイナス6%」の精神で生活する事だと思っている。小さな事だけど、みんながチカラを合わせれば大きなチカラになると信じているし、小さな事だから継続できる。地球を傷つけたのも人間なら、治すのもやはり人間でなければならない。

梅雨が明けたら夏休みが始まり、採れるべき所で採るべき昆虫を採り、土用波でクラゲが出たらそろそろ宿題を。そんな「絵日記の夏」が、子供たちや孫たち曾孫たちの時代にも、ずっと続いて欲しいと思う。

そして僕は、「白杭の季節」を撮り続けたい。

2007年 盛夏
川廷 昌弘